　　　　　　　　　「前立腺癌との共生」（２０２４・２・２５）

１．前立腺肥大症と前立腺癌
★“おしっこが出にくい”“出てもちょろちょろ”“トイレに間に合わない”“時々おねしょ”などの排尿障害をきたす前立腺肥大症は、加齢や肥満、高血圧、高血糖などが原因で起こり、高齢の男性にとっては珍しくない病気である。
★前立腺が大きくなる現象は、加齢とともに増加し、５０歳で３割、８０歳で９割と言われている。上皇陛下、チャールズ英国王、オースティン米国防長官も罹患し手術した。私も昨年１０月、前立腺肥大症の手術を受け、現在は前立腺癌と戦っている。
★８０歳で９割という数字は、にわかに信じがたいが、私が前立腺肥大症だと公表したら、自分もそうだ、誰それもそうだ、という話しが次々にあった。９割はあながち誇大とはいえない。しかし、前立腺肥大症と言っても、その態様は一様でない。したがって、治療法も様々である。
★このリポートは、前立腺肥大症の発症から手術、前立腺癌の治療に至る私の体験記である。少し長くなるが、出来るだけ具体的に書くことにする。同病あるいは関心のある方の参考になれば幸いである。

２．前兆現象、「自己導尿」と「自動排尿」
★昨年１０月、前立腺肥大症の手術を受けたが、数年前から前兆現象（頻尿、失禁など）があった。４月の地方選（選対本部に２週間缶詰）から体調不良が顕在化、６月７日遂に尿が出なくなった。慌てて市内の泌尿器科に駆け込む。超音波検査の結果、膀胱に大量の尿が溜まっていることが判明。カテーテル（細い管）を尿道から膀胱に挿入し強制的に排出。７００ｍｌ出た。原因は前立腺の肥大により尿道が圧迫され、尿が出にくい状態との診断。
★応急処置として、自身でカテーテルを尿道に挿入し、膀胱に溜まっている尿を排出する「自己導尿」の訓練を受けた。看護師から“上手、上手”と褒められる。２週間分のカテーテル（間欠泌尿器用カテーテル）と潤滑剤（ヌルゼリー）、尿道を広げる飲み薬（シロドシンOD錠４ｍｇ）が処方された。「自己導尿記録」を付けるよう用紙が渡され、計量カップを１００円ショップで買うようアドバイス、５００ｍｌと１０００ｍｌのカップを購入、自宅で自己導尿の作業を開始。
★クリニックではうまくいったが、自宅ではうまくいかず、数時間置きにやったものの、ほんの少量しか出ず。おまけに血尿が出てきた。さらに立ちくらみ、ふらつき、倦怠感、食欲不振などの症状も。クリニックに問い合わせたら、薬の服用を即刻中止し、直ちに受診するよう指示。
★血尿は、カテーテルの挿入を何度も繰り返したため、膀胱にキズをつけたようだった。自力での挿入作業は止め、「自動排尿」（膀胱留置カテーテル方式）に切り替え、様子を見ることに。この方法は、膀胱内にカテーテルを留め置き、尿を溜める袋（畜尿バッグ）に繋いで、その袋に尿を溜める方式、「持続的導尿」という。尿は自動的に排尿されるため、トイレに行く必要がない。バッグに尿が一杯になったら、トイレに流すだけ。頻尿、失禁の心配がないので、夜は安眠出来る。これがこの方式の最大のメリット。
★しかし、この方法でも血尿は止まらず、袋の中が真っ赤になった。何か異変が起きていると思い、再度クリニックを受診。同院でも異常を認め、総合病院で精密検査を受けるよう指示。
★６月１２日、紹介状を持って共済病院へ。膀胱洗浄をした結果、異状なし、との診断。当日はこれでおしまい。引き続き１６日にCT検査、３０日に膀胱の内視鏡検査をすることになった。医師は癌細胞の有無が焦点と言った。自己導尿をやってみるかと問われ、私は自信がないので、嫌だと断った。それなら留置カテーテルしかないと言い、やむなくそれを選択。
★留置カテーテルを付けたままの生活は、精神衛生上耐え難い。いずれは外せるのか、と尋ねると、医師は即座に高齢なのでムリだと言った。これを付けたまま残りの人生を過ごすかと思うと暗澹たる気持ちになった。
★留置カテーテルを付けて寝るには、バッグに流し込む落差が必要。私は畳に布団を敷いて寝ているので落差がない。娘が折り畳み式簡易ベッドを買ってくれた。お蔭で約４０ｃｍの高さが出き、排尿には支障がなくなった。血尿も消え、安眠出来るようになった。
★６月３０日、血液検査に続き、内視鏡で尿道、前立腺、膀胱の検査があった。深刻な症状はなかったが、ＰＳＡ（前立腺特異抗原）が１５.３１１だった。癌の境目が４.０なので、かなり高い数値。診察後、留置カテーテルの交換があった。１ヶ月に１回新しいものと替える必要があるとのこと。
★この日の収穫は、留置カテーテルと蓄尿バッグを切り離す方法を教えてもらったこと。カテーテルとバッグを繋いでいるコネクターを外し、カテーテルにストッパーを固定すれば、バッグを外すことが出来る。これなら日中や外出時に袋をぶら下げて歩く必要がない。尿意を感じたら、トイレに行き、ストッパーを外して排尿すればよい。
★これは留置カテーテルをやめることにはならないが、精神的な負担は大きく軽減する。日中歩き回る時や入浴時、あるいは人に会ったり、会合に出席する時も、バッグを気にしなくて済む。なぜもっと早く教えてくれなかったのかと悔やむ。おそらくクリニックでも教えるつもりだったのだろうが、大量の血尿を見て、応急処置に追われ忘れたのだろう。
★留置カテーテルとの共存生活が３ヶ月続いた。切り離しのお陰で、日常生活及び対外活動に支障はなくなった。尿トラブルも解消、体調は回復。この状態を維持すれば頻尿、排尿の問題は解決する。しかし、切り離しが出来るとは言え、カテーテルが挿入された状態に変わりはない。浴室でカテーテルを付けた”せがれ”の姿を見るのは、何とも惨めだ。医学的には解決だが、心理的には解決していない。
★７月２８日、膀胱および前立腺の感染症を調べるため採尿、結果は２週間後。留置カテーテルの交換を行う。医師から、次回は「自己導尿」に切り替えると予告、カテーテルを外せる可能性が出てきた。

３．“ダメ元”、手術の決断
★８月２５日、留置カテーテルは今日が最後、自己導尿に変更する予定だった。しかし、これ以上カテーテルとの共同生活は耐え難いので、手術をしたい、と主治医に申し出た。医師は、高齢者なのでムリだ、たとえ手術をしても完治する保証はない、と言った。私は、仮にそうであっても、成功の可能性があるならやりたい、失敗したら留置カテーテルと一生付き合うまでだ、と強調した。
★医師は私の決意を受入れ手術に同意、１０月９日入院、１０日手術、１４日退院の日程が決定。自己導尿はやめ、留置カテーテルをさらに１ヶ月延長することになった。手術に備え血液採取、心電図、肺活量、レントゲン撮影を行った。PSAは１２．１７３だった。
★この３ヶ月間、前立腺に関する記事には極力目を通した。主治医の言うとおり、高齢者の手術はリスクが高い。私は８６歳なのでまぎれもなく高齢者だ。しかし、子どもの頃からスポーツを続けてきたので、体力的には少なくとも１０歳は若いと自負している。
★主治医は事あるごとに高齢者だからという。医師に逆らい、敢えてリスクにチャレンジする決意をしたのは、医学的な常識を覆したいという不遜な思いと、何よりも留置カテーテルからおさらばしたいという願望だった。高齢者の私が手術を受け回復すれば、共済病院にとっても成功例になるだろう。最悪死ぬことになっても、わが人生はここまでだったと諦めればよい。何もしないで人生を終わるより、やってみる価値はある。“ダメ元”の心境だった。

４．手術は「蒸散術」（TURP）
★９月６日、手術の説明を聞くため、女房と一緒に共済病院に行った。説明は親族の同席が必須条件。手術はTURP（経尿道的前立腺切除術）の「蒸散術」で、当院では最も実績のある手法とのこと。前回の血液検査でPSAは１５．３１１から１２．１７３に下がったが、まだ癌の可能性があるため、今回の手術の際、針生検（１２～１４ヶ所）も行う。
★主治医から、この手術によっても元の状態に戻る保証はない、膀胱が弱っている可能性もある、改善しない場合は、カテーテルの装着しか方法はない、などの説明があった。麻酔は局部麻酔。
★９月２２日、留置カテーテルの交換と入院の説明を聞きに共済病院へ。留置カテーテルの交換は４度目、交換作業は看護師が立ち合い医師が行う。交換自体に問題はないが、何回やっても自尊心が傷つく。入院手続きは問題なし。２週間前から禁酒、サプリメントは１週間前から禁止。T字帯１枚、平おむつ１枚買うよう指示あり。

５．入院、手術、排尿、退院
★１０月９日、娘の車で入院、４人部屋、３人入室。４時入浴、バスタブは足を延ばせる程大きい。テレビは見ないので読書。
★１０月１０日、熟睡、院内を１５分歩く、血圧１３７だが体調はよい、尿正常。目も膝もOK（この件、後述）。手術に備え朝から食事、飲み物は禁止、点滴で補う。薬剤師が薬の確認に来室。女房と娘が手術の立ち合いで来院。１３時、手術着に着替え、看護師の付き添いで第２手術室へ。入口で担当の看護師２名から氏名、生年月日、何の手術をするのかなどの確認と質問あり。
★１３時３０分、腰椎に麻酔、痛みなし。１３時４０分患部洗浄、尿道の検査、１３時５０分主治医により手術開始、１５時１０分終了、所要時間約２時間。
★手術の様子は目視出来ないので分からない。術前の説明では、尿道に切除用メスを挿入する管を通し、そのメスに高周波の電流（レーザー）を流して患部を切除していく。これを蒸散術（TURP）といい、前立腺肥大症の代表的手術のひとつ。高い音、低い音、叩くような音など異音が間断なく聞こえてくる。これがワンサイクルになっていて、これで終わりかと思うと繰り返えされる。感覚的には１,０００サイクル位あったろうか。
★手術の全体的な印象は、MRIと大腸検査を組み合わせたような感じ。MRIでも断続的に異音がする、TURPより激しい。しかし、検査時間は３０分程度と短い。切除メスを使って患部を取り除くのは、大腸検査で内視鏡を使って切除するのとよく似ている。大腸検査は苦しいが、TURPは麻酔が効いているせいか痛くも痒くもない。先端装置を使った手術なので、若手の医師の方が向いているのかもしれない。癌細胞の採取はお尻からやるのかと思っていたが、同時にやったらしい。
★ストレッチャーで病室に戻る。途中、女房と娘に会う。１８時まで麻酔のため下半身がしびれたまま。しびれとはこういう状態のことかと納得。緊張のためか首と肩が張って眠れず。看護師に熱いお絞りをもらい若干緩和。
★１０月１１日、昨夜は首・肩の張りで眠れず。体調は問題なし。血尿が出ている。目と膝は変わらず。手術着をパジャマに着替える。T字帯に出血の跡あり、おむつは使用なし。主治医回診、点滴で膀胱の洗浄を継続、血尿が残ってもカテーテルは抜く、予定通り土曜日退院、との説明。１３時血尿解消、看護師来室患部洗浄。夕方部長回診、順調とのこと。
★１０月１２日、熟睡、６時起床・洗面。病室で簡単なストレッチ。朝の血圧１２５。尿はピンク色に。目はOK、膝も９０％OK。１０時に点滴終了。３時女房来院、着替え交換、予定通り土曜日退院、自分で帰るので迎えは不要と伝える。夕方シャワーを浴びる。バスタブには退院後１週間は入れない。
★１０月１３日、３時起床、血圧は１３０台。１０時にカテーテルを抜く。心なしか身体が軽い。喜び勇んで院内を１時間ウオーキング、６階から１階まで階段を２度下りる。右膝の内側に若干の違和感。１４時に初排尿、５０ｍｌの血尿排出、エコーで調べたら残尿２００ｍｌあり。２度目は１４時半、１００ｍｌ、色は黄色。１６時５０分３度目の排尿、７５ｍｌでやや赤い。もっと“がばっ“と出ると思っていた。量が少ないので、手術は失敗だったか、と不安がよぎる。１８時に４回目の排尿、１５０ｍｌ出た。主治医回診、この記録を見て、少し出が悪いな、とつぶやく。予定通り明日退院だが、再度カテーテルを入れて帰るか、と聞かれた。それは嫌だと返事、それでは排尿を促す薬を飲んでみよう、ということになった。
★１１月１日の外来を２０日に繰り上げ、１週間薬（ぺサコリン散５％）で様子を見ることに。看護師が請求書を持参、６５,５６９円だった。１９時３０分、５回目の排尿、１５０ｍｌ出た。どうやら順調に排尿し始めたようだ。クリニックでの副作用があったので、看護師に薬はいらないのではと質問。主治医は帰宅したため、代わって当直医が来室、離尿剤は飲むべきと言った。その後も１時間置きに連続して２００ｍｌの排尿あり。看護師は術後の頻尿は普通で、徐々に間隔は長くなっていく、水を飲むのは夕食までと忠告あり。
★１０月１２日、頻尿で寝不足。血圧１４２。排尿は尿意があり、自力で出来た。尿漏れなし。目と膝は変わらず。精算して退院。電車で帰宅。気分はよいが疲労感大。
★医師は高齢を理由に手術に消極的だった。敢えて手術を決断した。袋をぶら下げる生活は屈辱で自尊心が許さなかった。失敗も覚悟の上だった。手術は成功したが、術後排尿が思ったように出ず、不安がよぎった。再びカテーテル生活に戻るのかと絶望感に苛まれた。しかし、順調に排尿が始まり、前途に希望が見えてきた。三途の川から帰還し、生き延びた心地。
★１０月２０日、睡眠不足。体調はよい。尿はややピンクだが正常と言ってよい。目と膝は変化なし。共済病院へ。エコーで残尿チェック、４８ｍｌだった。医師から、手術の結果は順調、今回の手術は、排尿がスムーズに出来るかどうかが目的、頻尿と睡眠不足はこの手術の対象外とのこと。これにはがっくり。癌検診の結果、１２ヶ所中８ヶ所でガン細胞が見つかった。喜びも束の間、“一難去ってまた一難”。１１月９日にＣＴ検査と骨シンチグラフィの検査を受ける。その結果を見て、１５日に、家族同席で治療方針が決まる。今日から湯船に入ることが許可。医師は、飲酒は排尿の妨げになると言ったが、２０日ぶりにビールを飲む。この影響か、背中痛、目のかすみ、肩凝り、右足甲のかゆみ、疲労困憊などの症状が出た。
★１１月９日、睡眠はまずまず。頭が重い。すっきり感なし。排尿回数は１２と悪化。すっきりしないのは排尿より血圧かもしれない。共済病院に行った。CTと骨シンチグラフィの検査を受けた。骨シンチグラフィは初めての経験、１０時半に造影剤の注射、３時間後の１時半に検査を受けた。レントゲンの大型版の感じ。検査時間は約１時間。その間にCT検査を受けた。費用は９,９０９円。CTより画像診断の方が高い。ふらつきと頭がぼーとする感じがあった。血圧のせいだろう。膝は問題なし

６．光選択的前立腺レーザー蒸散術（PVP）の臨床データ
★ここまで、私の主観的な体験を述べた。以下に、２０１６年、横須賀共済病院泌尿器科佐野医師が、PVP研究会に発表した「PVPの初期成績」から臨床データの要点を引用する。
★前立腺肥大症に対する標準的な外科的治療法は、経尿道前立腺切除術（TURP）であるが、術中、術後の出血や低ナトリウム血症の発生が問題とされてきた。近年TURPに代わり、いくつかの低侵襲手術が臨床応用されるようになってきた。
★光選択的前立腺レーザー蒸散術（PVP）もそのひとつである。機器（AMS社製）が高価なため普及率が低い。横須賀共済病院ではTURPに代えて、２０１５年５月PVPを導入。２０１６年現在、神奈川県では横須賀共済病院のみ。
★PVPは、グリーンライトレーザーと呼ばれる特殊なレーザー光を照射し、尿道を圧迫している前立腺の肥大部分を蒸散（蒸発）させることで尿路のつまりを取り除く手術である。他の手術に比べ出血が少なく、術後の痛みが少なく安全、尿道カテーテルを短期間で抜くことができる、入院期間が短く、早く通常生活に戻れる、などのメリットがある。
★横須賀共済病院の臨床例（１０６例、２０１６年）
　　・年齢　：　７２.６歳　（４９～８８歳）　　　　
　　・術前　：　「自然排尿」患者　　　　　　７１％　　　　
　　　　　　　「カテーテル留置」患者　　１９％　　　　　　　
　　　　　　　「自己導尿」患者　　　　　　１０％　　　　　　　　
　　・術後　：　IPSS（１９．９→１１．０）　QOL（５．０→２．６）、いずれも改善。
　　　　　　　「カテーテル留置」と「自己導尿」患者の９０％がカテーテル離脱、自排尿可となった。
　　　　　　　「重症」　６８％→１３％、「中等症」２６％→４１％、「軽症」６％→ ４６％
＊IPSSとは、（残尿感、頻尿、尿路途絶、尿意切迫感、尿勢低下、腹圧排尿、夜間排尿回数）の７項目に０から５点の点数をつけ、合計が０～７点を「軽症」、８～１９点を「中等症」、２０～３５点を「重症」と分類。
＊QOLスコアは、現在の排尿状態を、とても満足（０点）～とてもいやだ（６点）まで、満足度を数値化したもの。
★上記を私に当てはめると、私が受けた手術は蒸散術（TURP）を改良した最新のPVPだった。この装置は高価なため、導入している病院はそう多くない。その意味ではラッキーだった。
★２０１６年の症例を見ると、平均年齢７３歳で、私より一回り若い。しかも自然排尿者が圧倒的に多い。私のようにカテーテルを留置している者は１９％。担当医が“高齢だから”と危惧したのもうなずける。
★術後、いずれの患者も、IPSSとOQLは改善している。私はこの質問を受けていないが、自己採点すればいずれも合格点だ。カテーテルから解放された人が９０％、私もその仲間なので、高齢ながら成功した事例になる。

７．前立腺癌と治療法
★１１月１５日、排尿は改善、回数は９回、１日の排尿量は１,６３０ｍｌ、排尿間隔は２時間１１分、最長間隔は４時間３０分だった。女房、娘と共済病院に行く。CTと骨シンチグラフィ検査の結果、胸にかすかに転移らしいものがあるが、明らかな転移はないとのこと。この結果を踏まえ、今後の治療について意見交換。治療方法には①手術、②放射線治療、③化学療法の３つがある。①②は癌を根治する方法だが、リスクと副作用がある。③は癌を根治することは出来ないが、増殖を抑え、癌を封じ込む方法。リスク、副作用、余命を考え、③を選択。取り敢えず、ビカルタミド錠（ホルモン抑制剤）の服用を開始、月２回のペースでホルモン注射を打つ。PSAの数値を睨みながら、注射の頻度を変えていく。これは事前に考えていた選択肢、気懸りだったのは転移の状況だった。これが軽微だったので、③の道を躊躇なく選択。
★１２月１５日、共済病院。血液検査、残尿チェック、診察、ホルモン注射。残尿は３０ｍｌ、PSAは２．５９３に低下。前回が１２.１７３だから大幅に改善。主治医は投薬の効果で、このまま下がり続けるかは様子を見なければ何ともいえない、と言った。しかし、希望を抱かせる明るい兆しだ。注射の副作用について看護師から説明あり。第１回目の注射「リュープリン酢酸塩３.７５ｍｇ」を臍の右側に打つ。次回は左側。痛くも痒くもなし。冊子を読むとリュープリンは女性ホルモン剤ではなく、男性ホルモンを抑える注射のようだ。女性ホルモン剤は、エストロゲンという。医療費は６,２０４円。他に薬代が１,７２０円なので計８,０００円。
★令和６年１月１９日、共済病院。血液検査の後、診察、PSAは０．３７４に低下、前回は２．５６３、その前は１２．１７３。低下傾向が続いているが、今回は画期的な低下、医師のコメントはないが、よい傾向だろう。第２回の注射「リュープリンSR１１.２５ｍｇ」を打つ。次回は２ヶ月後、よい傾向の証しだろう。前回胸に影があった、転移の疑いあり。２月２日にCT検査。医師は説明下手だが、データはよく見ている。かゆみを抑えるローション（へバリン類似物質外用液０．３％）が処方された。
★２月２日、共済病院。本日はＣＴ検査のみ。
★２月９日、共済病院にＣＴ検査の結果を聞きに行った。胸に影はなかった。主治医は問題なしと言った。これで取り敢えず癌の転移はない、封じ込めに成功している。次回は４月１９日、３回目の注射を打つ。担当の主治医は転勤で今日が最後、お世話になったと謝辞。

８．まとめ、経過順調、脳梗塞と膝痛、人体は有機体
★前立腺癌の先行きは、治療が始まったばかりなので、見通しを述べることは出来ない。この体験談を締めくくるにあたり、前立腺肥大症に限って、結論を述べる。
★医師は高齢を理由に、手術に消極的だった。頻尿・尿漏れを食い止めるだけなら「留置カテーテル」、「自己導尿」は極めて有効な手段である。この手法の問題点は、屈辱感、人間の尊厳を著しく損なうという心理的な側面である。専門医はこれを「QOL（生活の質）」と呼ぶ。いずれこの問題は、技術革新によって解決すると信じている。「QOL」を克服できれば、前立腺肥大症は画期的な改善となり、患者にとっては朗報になるだろう。
★医師の反対はあったが、この手術を受けてよかったと思っている。心理面はさて置き、体調は明らかに改善した。尿トラブルに関していえば、尿の出は非常によくなった。しかも勢いが若い頃のようによみがえった。懸念していた尿漏れも起きていない。
★「留置カテーテル」を装着すれば、夜中にトイレに行く必要はない。頻尿が収まるだけでなく、熟睡出来る。現在は夜間２回から４回トイレに行く。睡眠時間は６時間から８時間、平均７時間なので、時間的には問題ない。しかし、細切れのため、睡眠の質は高いとは言えない。これが術後の悩みであるが、スローペースながら改善の兆しはある。
★主治医に“先生、お陰様でおしっこの出がよくなりました、ただ頻尿は解決しません”と言うと、“この手術はおしっこの出をよくするのが目的で、頻尿を治すことではない”“おしっこの出がよくなったことをよしと考え、頻尿はやむを得ないと考えるべき”と言われた。
★専門家によれば、頻尿は気にすることはない、トイレに行く回数が多くても、本人に違和感がないのであれば問題ない、と言う。トイレに行くのは尿意を感じるからだ。しかし、尿意がなくても“念のため”という場合もある。お母さんが子どもに“出掛けるからおしっこしてきなさい”とよく言う。気温も影響する、寒い日はおしっこが近くなる。回数を気にするより、自分自身の満足度を優先すべきだろう。
★手術の結果、尿の出がスムーズになり、勢いも復活した。なによりの収穫は、尿漏れがなくなったこと。排尿は改善すると思っていたが、尿漏れまで解決するとは期待していなかった。
★前立腺肥大症は、水道管に喩えるとわかりやすい。水道管（尿道）が土砂で押しつぶされ、水の流れが悪くなった状態が肥大症だ。尿漏れは蛇口のパッキンが摩耗してハンドルを閉めても止まらない状態に喩えられる。膀胱は貯水池に相当。
★肥大症の手術は土砂を取り除き、水道管を元の太さに戻すこと。この復旧作業で水の流れはスムーズになる。私が受けた手術はこれに当たる。水漏れは蛇口の不具合なので別の工事が必要。蛇口の場合はパッキンを替えれば済むが、前立腺はそう簡単ではない。尿道と一体になっていて、パッキンに相当する部分がないからだ。
★この部分を尿道括約筋と言い、この筋肉が収縮することで、排尿を制御する。これがいわばパッキンに相当する。ただし、パッキンのように取り外しが出来ない。これを復旧するには、括約筋を鍛え直さなければならない。それ故、尿漏れの補修は、肥大症より厄介だ。私は幸いにも尿漏れは起きていない。括約筋がまだ摩耗していなかったのだろう。括約筋を活性化する対策として、骨盤底筋のストレッチが推奨されている。私は尿トラブルの異変に気づいてから、毎日このストレッチを続けている。手術後も継続中。これが役立ったのかもしれない。詳しくは「頻尿・尿もれ大全」文嚮社を参照。
★医学的な因果関係は説明出来ないが、前立腺肥大症は、尿トラブルに留まらず、他の部位への影響がある、と言うのが、私の体験上得た知見である。
★前立腺肥大症手術の前後に、立ちくらみ、ふらつき、倦怠感、食欲不振、脳梗塞、膝の不具合など、次々に異変が起きた。もはやこれまで、いよいよ死期到来かと秘かに覚悟を決めた。個々の病状は省き、ここでは脳梗塞と右膝痛について述べる。
★６月１１日、右目の右端に光彩のような赤い幕が現れた。その後もXマスツリー、垣根、玄関ドア、歯車などいろいろな画像が出現、多いのは黒や灰色の幕、視力に問題はないが、視野が狭くなってきた。
★７月３１日、眼科医で視野検査を受けた。結果は衝撃的だった。右目だけでなく左目にも右端が欠落、黒い幕があった。医師は、原因は目ではなく頭にあると断言、脳梗塞の可能性を示唆。早急に専門医の診断を受けるべき、とその場で脳神経外科に予約を入れた。
★８月１日、脳神経外科でＭＲＩ検査を受けた。結果は１週間後、眼科に報告する、とのことで、当日は何の説明もなし。緊急入院もあるかと思っていたが、緊急性はなさそう。
★８月７日、眼科医にＭＲＩ検査の結果を聞きに行く。右脳の前頭葉に脳梗塞が見つかった。１年前の視野検査では異常はなかった、医師はこの１年で発症したのではないかと言った。眼科ではこれ以上の判断は出来ない、かかりつけ医に相談するよう指示。
★同日午後、眼科医の所見とDVDを持ってかかりつけ医に行く。院長は画像を見て問題ないと言った。手足のしびれ、呂律が回らない、よだれが出るなどの症状があれば別だが、血圧、糖尿、コレステロールはよく管理されている、血液サラサラを飲む手もあるがデメリットもある、年齢を考慮すれば、今の状態で問題なしと断言。
★眼科医も内科医も脳梗塞の専門医ではないので、改めて脳神経外科医に説明を聞きに行った。これは過去１年以内に発症したもので、すでに固定化し、治療は出来ない。他の部位に異常はない、予防的には血液サラサラがあるが、手術を控えているので、泌尿器科医と相談するように、と言った。泌尿器科医は、飲むなら手術後にするようにと言った。
★７月１２日、目と前後して、右膝の内側に激痛が走り、歩行が困難に。歩けないほどではないが、坂道や階段の上り下りは、一歩一歩よちよち歩き、足元が覚束なくなった。
★この２つの症状は、前立腺肥大症の手術後、徐々に回復、目の異常現象は消え、膝は正座できるところまで回復。医学的な説明は出来ないが、体感的には肥大症の影響があったのではないかと思う。人体は有機的に出来ている、どこかに異変が起きれば、他の部位にも影響を及ぼすのではないか。
★読売新聞の「時代の証言者」に、元巨人軍の堀内恒夫の自伝が掲載された。彼は６８歳の時、前立腺癌の手術を受けた。一昨年、突然目の前がチカチカして、右目が見えなくなり、大学病院で検査した。脳の血栓により、目から大脳への信号が通る経路に障害が起きた、と最終回で述べている。私の場合によく似ている。目の異常は、脳梗塞だったのではないか。彼の右目は視力が回復しなかったが、私の視力に問題はない。私の方がいくらかよかったようだ。
★手術後、体調不良は完全に回復した。しかし、スタミナ不足はなかなか元に戻らない。午前中はよくても、午後ぐったりする日が続いた。３ヶ月過ぎから夕方まで持続するようになった。足腰もしっかりしてきた。半年経てばさらに改善するだろう。“年齢の壁”を突破したので、癌と折り合いをつけながら、もうしばらくこの世を楽しめそうだ。
★８０歳を過ぎると、ほぼすべての人が前立腺拡大症に罹患する。治療法は様々、患者の病状も様々だ。手術が出来るのなら、思い切って手術をすべき、というのが私の体験上の結論である。
　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　以上