人間は百二十五歳までの寿命をもっておるというのが我輩予ての説である。しかしこれにはあえて深い論のある訳でない。生理学者の説に依ると、すべて動物は成熟期の五倍の生存力をもっておるというてある。そこで人間の成熟期は二十五歳というから、この理窟から推してその五倍、即ち百二十五歳まで生きられる訳である。勿論土地気候の関係や各人体質の如何に依りて長短の差は有ろうが、大体に於て百二十五の寿命というのがその趣旨である。随って我輩の説からいうと、それ以上に生存した者でなければ長寿者といえぬのである。
そういう訳で人間の気力は百二十五歳までは衰うべきものでない。然るに今日世人の多くが僅か五十、六十にして身体気力共に衰退しているのは一体どういう訳か。およそ人の身体は使わなければ衰える。力士が稽古を休むと相撲が取れなくなり、永く頭を使わぬと働きが鈍くなるのは皆この理由である。即ち世人の多くがいわゆる隠居と称して隠退して社会から遠ざかってしまうから、自ずと衰退するのであると思う。これは実に意気地ない事である。かの地震火事の如き天災非常の場合に、驚くほどの力の出るのは何故であろうか。この場合に於ては精神が非常に興奮しているからである。即ち精神の力が体力に勝つのだ。我輩はこれを称して精神が物質を支配するのだといっている。戦争の場合とても全く同じ事である。そこで我輩はこれらの点から考えて、気力身体の衰えると否とは年齢の関係ではなく、修養の如何にありと信ずるのである。
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