パレスチナ戦争(2024・6・23) |
★昨年10月10日、ハマスがイスラエル領内に侵攻、ガザでの戦闘が始まった。この日、私は前立腺肥大症の手術を受けたので、この事件は鮮明に憶えている。私の体調は時間と共に回復しているが、ガザでは民間人の殺戮が続き、先が見えない状態になっている。 ★イスラエルのネタニヤフ首相は、ハマスをテロリスト集団と断じ、殲滅まで攻撃はやめないと強硬姿勢を貫いている。アメリカ、イギリスなど欧米列強は、ネタニヤフの言い分に賛同し、イスラエル軍の戦闘を支持してきた。しかし、ハマスの拠点を攻撃すると言いながら、一般市民を巻き込んだ無差別攻撃で態度を一変させている。 ★この戦闘は“極悪非道のテロリストを抹殺する”というネタニヤフの言い分に、大義名分ありと思いがちだが、ことはそう単純ではない。テロリストが対象なら、なぜ非戦闘員の老人、女性、子どもまで殺傷しなければならないのか。 ★イスラエル軍は誤って一般市民を殺傷しているのではない、本気でパレスチナ人を抹殺しようとしている確信犯だ。ネタニヤフの本音は、イスラエルからすべてのパレスチナ人を追放し、ユダヤ人だけのイスラエル国家にすることにある。その根本思想はシオニズムだ。 ★パレスチナはアラブ民族(パレスチナ人)が先住民族として定住していた。あとから勝手に乗り込んできたのはユダヤ人だ。パレスチナ人から見れば、よそ者から追い出されるいわれはない、このままではいずれパレスチナはユダヤ人に乗っ取られるという危機感がある。 ★パレスチナの反植民地勢力PLO(パレスチナ解放機構)やハマス(シオニズム抵抗組織)は、自分の土地と同胞を守るため、100年にわたり闘争を繰り返してきた。今回の戦乱もそのひとつだ。イスラエルは核兵器を有する中東の大国である。かたやパレスチナは政治的、経済的、軍事的、組織的にも弱小民族集団に過ぎない。さながら象に立ち向かうネズミで、彼我の差は歴然としている。 ★PLOは外交的手段で対抗したが、列強に翻弄され衰退した。代わって台頭したのがハマスだ。自爆などのゲリラ戦法ゆえに「テロリスト集団」と見做されている。しかし、ハマスを仕切っているのは軍人ではない、弁護士や大学教授、作家、画家、詩人などの知識人、芸術家が中心で、民族運動の推進者たちだ。 ★今回の事件は、イスラエルが非武装のデモ隊に発砲したことが発端だ。イスラエルの最終目標はパレスチナ人を根絶することにある。いろいろな口実を設けて、虐殺・封鎖・国外追放を繰り返してきた。著名なアラファトをはじめパレスチナ人の指導者はことごとくイスラエルの秘密警察によって暗殺された。 ★客観的にみれば、パレスチナ人に“理”があり、ユダヤ人に“非”がある。それを覆したのがシオニズムだ。19世紀末に勃興したシオニズムは、ユダヤ人迫害の高まりの中で、世界中に亡命・移住・拡散したユダヤ人をイスラエルに帰還させ、彼らによる国家を建設するというナショナリズム運動である。この裏側には、パレスチナ全土はユダヤ人だけのもので、民族的権利を持つパレスチナ人は存在しない、という考えが潜んでいる。 ★欧米列強はこれに洗脳されてきた。チャーチルはイギリスの政財界でもっとも熱心なシオニストだった。大英帝国は第1次大戦後、植民地政策を転換し、インドなどの独立を認めた。イギリスはパレスチナの委任当事国になったが、パレスチア人を見下し、パレスチナ人の存在を認めようとしなかった。 ★第2次大戦後、覇権を握った新帝国アメリカは、トルーマンがシオニズムに傾倒し、イスラエルに肩入れした。新生ユダヤ人国家を支持すれば、中東におけるアメリカの戦略的、経済的利益や石油利権にとって有用だと判断した。アメリカはイスラエルに対し、巨額の軍事・経済支援を続けてきた。トルーマン以降の政策決定者はおおむねユダヤ人国家に好意的だったが、イスラエルそのものに大きな関心をもっていたわけではない。 ★人間の能力に差はないと思うが、現実には優秀な民族とそうでない民族がいる。ユダヤ人は傑出した人物を輩出している。マルクス、アインシュタイン、フロイト、トロツキー、オッペンハイマーなどなど。モーゼもキリストもユダヤ人だ。他方、パレスチナ人には、社会学者のアイゼンシュタット、ノーベル賞作家のロバート・オーマン、国際学者のエマニュエル・アドラーなどがいるが、ユダヤ人ほどの知名度はない。 ★シオニズムは、いかにもユダヤ人らしい発想で生まれた思想だ。これに対抗できる思想家はパレスチナ人にはいない。プロパガンダやロビー活動に巧みなシオニストと無為無策なパレスチナ人という歴史的な不均衡がこの問題の根底にある。 ★究極の和平案は、パレスチナ人が切望する民族自決、すなわちパレスチナ人国家の設立を認めるかどうかにかかっている。領土問題に加え、キリスト教対イスラム教の宗教対立がある。根深い憎悪と不信感のある両者が合意点を見出せるかどうか分からない。ネタニヤフは筋金入りのシオニストだ。彼が失脚しない限り和平は実現しないだろう。 「パレスチナ戦争」(法政大学出版局)は、パレスチナ紛争の100年史を、外交資料をベースに編纂された労作である。著者ラシード・ハーリデイーは、パレスチナの名家の生まれで近代アラブ史研究の第一人者だ。パレスチナ自治政府の代表やアドバイザーとして、対イスラエル、アメリカとの交渉にも携わった。 日本のマスメディアは西側の情報を重点的に報ずる傾向がある。対極にあるパレスチナ側に立った情報は少ない。本書はパレスチナの内情に精通したパレスチナ人によるパレスチナ史である。パレスチナ側に立っているとは言え、PLOやハマスに対しても手厳しい。パレスチナ問題を理解する上で一読に値する。 完 1 |