★アメリカのジョンズ・ポプキンス大学が、世界各国の新型コロナ感染状況を毎日発表しています。
１月２５日の数字を見ると、アメリカが延べ感染者数７０７０万人、死者８６万人でダントツのトップです。以下、②インド（３９５４万人、４８万人）、③ブラジル（２４０５万人、６２万人）、④フランス（１６８０万人、１２万人）、⑤イギリス（１５９６万万人、１５万人）と続いています。
★わが国は、感染者数２２２万５０６０人、死者１万８５２７人で、上記５か国に比べるとダントツに少ない数字になっています。ワースト５か国の共通点は、３点セット（マスク、手洗い、ソーシャルデイスタンス）の徹底が甘いことです。ニュースで見ると、マスクをしていない人が結構います。パブやテラスで飲食している様子も見受けられます。リゾートでは海水浴もしています。宗教上の理由や政府に反対するグループもいます。
★年が明け、わが国でもオミクロン株が急拡大し、第６波に突入しました。２３日には全国感染者数が５万人を超えました。政府は７割を超える３４都道府県にまん延防止策を発動しました。この先どこまで拡大するのか、誰も分かりません。
★新型コロナウイルスが発生して、丸２年経ちました。依然として収束の気配はありません。その中にあって、新型コロナの抑え込みに成功したのが台湾です。２５日現在の数字を見ると、２年経っても延べ感染者数は１万８３２５人です。日本の１日の感染者数の半分以下です。死者は８５１人で、３桁にとどまっています。オミクロン株の感染情報はまだありません。
★台湾のコロナ対策に特別な秘策があったのかと言えば、答えは否です。やったことは、新型コロナウイルス対策の基本ともいえる「マスクの着用」「手洗いの徹底」「ソーシャルデイスタンスの確保」の３点セットです。これは世界各地で実施されていることと同じです。
★世界各国との違いは、政府と国民の一体感、危機感の共有です。「中央感染症指揮センター」（CECC）が毎日発表する記者会見の情報を、国民が真剣に受けとめ「新型コロナ」という新しい感染症に対する知識を深めていったから、とデジタル担当相のオードリー・タンは述べています。
★２００３年、台湾でSARSが発生し、３４６人が感染し、７３人の犠牲者が出ました。台北市内の病院は２週間閉鎖しました。この時の経験から、ロックダウンは社会的によい効果を生まない、マスクの着用は感染予防の効果が高いという知見を得た、とオードリーは「オードリー・タンデジタルとAIの未来を語る」（プレジデント社）の中で述べています。
★２０２０年１月２１日、武漢から帰国した台湾女性の感染が確認されると、翌２２日には武漢からの団体旅行客の入国許可を取り消し、２４日には中国本土からのすべての団体観光客の入国を取り消しました。同時にスマホを活用して、感染経路の確認および感染者と接触した可能性のある人たちを割り出し、全員に警告メールを送りました。さらに、民間企業にマスクの増産を要請し、それをすべて政府が買い上げ、すべての人々に行き渡るような策を練りました。
★こうした素早い対応で感染拡大を防いだ結果、台湾では他国で行われたようなロックダウンや学校の休校、飲食店の強制休業などはやりませんでした。「社会の繁栄」と「防疫対策」を両立させることに成功したのは、台湾に健全な民主主義が根づいている証拠だと述べています。
★政府の３２ある省庁を横断的に束ねるのが、デジタル相のオードリー・タンです。オードリーの略歴を見ると、１５歳で中学を中退、１９歳の時、シリコンバレーでソフトウエア会社設立、２００５年、プログラミング言語の開発への貢献で注目を浴び、同年、トランスジェンダーであることを公表、２０１４年、米アップルでデジタル顧問に就任、２０１６年、台湾史上最年少の３５歳で蔡英文政権の行政院（内閣）に入閣、２０１９年、「フォーリン・ポリシー」誌がグローバル思想家１００人に選出、２０２０年、新型コロナウイルス禍において、マスク在庫管理システムを構築、台湾での感染拡大防止に大きな貢献を果たすなど、　まさに天才であり、時代の申し子です。
★台湾のデジタル政策の基本は、上から目線ではなく、民間と政府とがアイデアを出し合い、最適解を目指すプラットフォーム政策にあります。代表的な例は「マスク・マップ」です。これは民間のアイデアを基に、マスクの在庫管理システムを作り上げ、パニックを防いだものです。これはコロナ対策に限らずすべての分野に共通しています。
★オードリーは理念として「徹底的な透明性」を掲げています。公開出来るあらゆる情報がインターネット上にあることで、官僚や大臣が何をやっているのか、何を考えているのかを全部知ることが出来、人々が「国家の主人」になれるというビジョンです。
★台湾で感染拡大を防いだ最大の理由は、政府と国民の間に相互信頼があったからだ、とオードリーは述べています。「緊急事態宣言をすれば強権的なことはできるけれど、それは適切でない。緊急事態宣言を出さなくても、国民が自発的に政府に協力してくれることが大切だ」と言っています。
★世界は初動対応に失敗しました。台湾の成功例を導入するには too lateです。残された手段は特効薬の出現以外にありません。
★台湾では、様々なデジタル化政策が推進されています。そのひとつが５Gです。５Gについては「都市からではなく、地方から先に進める」方針で進んでいます。その理由は、「公平性の確保」です。リモート教育やセフティーネットは、ネットに繋がってこそ可能です。ネット環境が整っていない山の上や離島に電波が届くようにするのが地方優先の理由です。
★AIもオードリーの得意分野です。「AI　がいつか人間を超えてしまうのではないか」と危惧する人がいます。しかし、これは杞憂だとオードリーは言います。デープラーニング（深層学習）によってさらに高度な方向に進んでいくが、AIが下す決断は、人間の概念は使用されないので、AI自身はその決断の理由はわからないからだ、と指摘しています。人間社会をよくする「補助的知能」としてAIを活用する、と言うのがオードリーの基本姿勢です。
★これからの社会を前進させるキーワードは「持続可能な発展」「イノベーション」「インクルージョン」だと述べ、デジタル化成功のカギは、デジタルネイティブ世代が握っている、と強調しています。「政治の新しい方向性を導きだすのは若者たち」との信念について、日本では国民的なコンセンサスが十分に得られていないようだ、とも述べ、若者の側にも「公益の実現に対して積極的に行動する」という意識がまだ足りないように見える、と奮起を促しています。
★台湾は、国際社会で微妙な立場に置かれ、中国の脅威に晒されています。本書には触れられていませんが、台湾の平和を守るため、オードリーの類いまれな才能に、大きな期待がかかっていると思います。