「人類と神々の4万年史(1/2)」(2022・7・5)    
★「苦しい時の神頼み」と言います。精神的に追い詰められた時、何もかもうまくいかない時、不幸が重なった時など、普段信仰心がなくても神や仏にすがろうとします。人間は心霊や暗闇、天変地異など目に見えないものに恐れと畏敬の念を抱き、思わず頭を垂れ、手を合わせます。人間は強さと共に弱さを持っています。この弱さを補うのが宗教です。かのプーチンでさえロシア正教会の熱心な信者です。
★宗教はいつ発生し、どのように発展してきたのか。「人類と神々の4万年史」はこの問題に焦点を当てた大作です。題名にあるように、人類は4万年前に神を信じたことが証明されています。イギリスの大英博物館に所蔵されている宗教に関する世界の文物を写真入りで引用し、学芸員や専門家が解説しています。
★アフリカを出たホモ・サピエンスは、1万年前に世界各地に到着し、定住生活を始めます。それまでは狩猟採集をしながら、移動生活をしていました。4万年前のドイツ・ウルムのホーレンシュタイン洞窟から、マンモスの牙を彫って作った「ライオンマン」と呼ばれる彫像が発見されました。人間の身体にライオンの頭が載っていることから、この名前が付けられました。この像は芸術的にもすぐれた彫像です。専門家は、この時代に偶像崇拝の習慣があったと述べています。
★人類の信仰活動は多様で複雑です。信仰の対象は、偶像の他に川、火、水、光、湖、山などがあり、行為としては巡礼、沐浴、礼拝、生け贄、祭りなどがあります。神もユダヤ教やキリスト教、イスラム教は一神教ですが、古代ローマやインドは多神教です。日本には八百万の神々がいます。キリスト教や仏教は偶像を崇拝しますが、イスラム教は偶像否定です。人は死ぬと新しい生命に生まれ変わるという宗教観があります。仏教では「輪廻転生」と言いますが、古代ギリシャやイスラム教など似たような思想は世界各地にあります。
★宗教はもともと人間の精神的なよりどころ、あるいは共同体意識を高めるものとして発生しました。やがて様々な流派が出現し、統治の手段として政治との強い結び付きが顕在化してきます。しばしば戦争の具としても利用されてきました。
★古代ローマ帝国は、多数の神々と共生していた「多神教」国家です。帝国が拡大するにつれて、ローマの神々は新しい領土に広まり、次々と神殿が建てられました。これは異教徒を改宗させるためではなく、征服された地域の神々も、招かれて神殿に祀られました。寛容と融合が、植民地を統治する上で最重要だと考えていたからです。多くの神々と生きることは、古代ローマの人々が、多くの民族と友好的に暮らすことを可能にしました。
★これに対し、ヨーロッパで「多神教」という言葉は、「異教徒」「無神論者」「偶像崇拝」といった言葉と同様、蔑みの言葉とみなされていました。ユダヤ教徒やキリスト教徒、イスラム教徒は、自分たちの聖典にある神こそが唯一至上の真実を有する全知全能の神だと主張し、一神教同士の争いが激しくなり、共存は難しくなりました。
★一神教の強さは、統一性と整合性です。多神教は議論百出しますが、一神教は唯一の思想なので、永遠の一貫性、究極の整合性があります。唯一の全能の神がいるという考えには、知的および感情的に人を惹きつける大きな力があります。万物を創造して維持する単一の意思、単一の知性があるならば、最終的にはすべてが、筋の通った理解可能な原則に従って整理されるはずです。一見偶発的に起きているような出来事、特に悪や苦しみがいつまでも続くのは、なんの理由もなくそうなっているのではなく、神の計画の一部だと信じることで安心と非常に大きな力を得られます。近代科学の始まりの背後にあるのはこの考えであり、これがコペルニクス、ガリレオ、ニュートンの業績の明らかな特徴になっており、これこそが一神教の魅力であり功績だと専門家は述べています。
★有名な神話に「ノアの箱舟」があります。人類の堕落に怒った神が、大洪水を起こして、地上の生物を一掃しようと企てます。敬虔な信徒ノアに箱舟を作らせ、ノアの家族と選ばれた動物だけを乗せて大洪水から救ったという伝説です。ストーリーは同じですが、ヘブライ語の神話では、唯一の神が決めたことになっています。古代メソポタミアの神話では、神々が協議して決めたようです。一神教と多神教の対立は、古からあるというお話しです。
★一神教と多神教との争いの他に、一神教同士の争いも連綿と続いています。宗教戦争は、異なる宗教間の教えの違いから起きる戦争です。12世紀末に起きたアルビジョア戦争が最も古い宗教戦争と言われています。聖地エルサレムをイスラム勢力から奪うことを目的に、ローマ教皇が派遣した遠征軍のことで、十字軍として知られています。パレスチナ問題は、ユダヤ教、キリスト教、イスラム教の聖地エルサレムを巡る紛争です。これは1897年、イスラエルがパレスチナに、ユダヤ人の祖国を創ると宣言したことが発端で、第1次中東戦争が勃発しました。未だに解決していません。近年ではイラク戦争です。日本でも島原の乱やキリシタン弾圧の歴史があります。宗教戦争は宗教上の問題が原因のため根が深く、解決は容易ではありません。
★宗教改革は、16世紀にドイツの神学者マルティン・ルターが、カトリック教会の腐敗を批判したことがきっかけで、ヨーロッパに広がりました。当時のローマ教皇は、ドイツで免罪符(贖宥状)の販売を始めました。「金を払えば、あなたが犯した罪は軽減される」と言い出しました。この事態を嘆いたルターが、免罪符販売に異議を唱える「95か条の意見書(論題)」を公表し、「信仰の拠りどころは、神の言葉を記した聖書だけだ」と訴えました。ルターは破門されますが、彼を支持する人々によって、新たな宗派プロテスタント派が誕生します。ルターの改革の特徴は分かりやすさです。聖職者しか読めなかったラテン語の聖書を現地語に翻訳し、だれでも読めるようにしました。それが端的に現れているのが讃美歌です。人は歌うことで、一種の陶酔感を覚えます。合唱は信徒が聖書の教えを内面化し、心の底からの感動を助け、共同体としての深い共鳴と帰属意識をもたらします。ルターが望んだことは、信者が神の言葉を理解し、口にすることのみならず、それを歌えるようにすることでした。そのため現地語で韻を含んだ聖書の言葉を音楽にするというルター派のやり方が、世界各地の教会で熱心に採用され、信者を増やす原動力になります。プロテスタントの思想は、資本主義を発展させる要因の一つになり、市場主義的な思想に繋がり、アメリカの自由主義的文化に影響を与えています。アメリカではWASP(アングロサクソン、プロテスタント)が上流階級の条件になりました。   
以下、次号に続く。
 
     「人類と神々の4万年史(2/2)」(2022・7・12)   
★人類は、様々な経緯を経て、ついに「神はいない」という結論に達します。1793年フランス共和国は、王政と宗教を廃止し、無神論の国になります。国家を統べる新たな指導的心霊として、「理性」が採用されます。ノートルダム大聖堂は聖人の彫像がフランス革命の英雄たちにとって代わられます。理性と革命は、神を廃しただけでなく、暦を七曜制から十曜制につくり直し、長さ、重さ、容積の単位系も廃止されます。すべてのキリスト教会は理性の寺院になります。この改革はキリスト教が一旦途切れた出来事になりました。パリは自らの大胆さに有頂天でしたが、その他のヨーロッパの国々は仰天しました。しかし、この改革は民衆に定着せず、ロベスピエールなどの反対で、わずか数年で消滅しました。
★それからおよそ100年後、ロシアの革命家たちはフランスの革命家たちと驚くほど似た道を辿り始めます。もともとレーニンをはじめとするソビエトの指導者たちは、あらゆる種類の伝統的宗教を廃止したがっていました。そこでソビエト最大の宗教であるロシア正教会の廃止にとりかかります。教会から財宝を略奪したり、その建物を倉庫や映画館など、非宗教的な施設に変えたりしました。大勢の司祭や主教が逮捕され、その多くが労働収容所で死にました。かつて150人いた主教は、1939年にはわずか4人になりました。最初の20年間で、共産党は正教会をほぼ全滅させました。しかし、ソビエトもフランスと同じ結末を迎えます。スターリンは新たな教会の存在を認め、正教会を国内支配と戦後外交の道具として復活させました。
★宗教に対する争いは絶え間なく続いています。中世のヨーロッパでは、宗教と政治は深く結びつき政教一致の国が殆どでした。自由主義と民主主義が浸透していくと、政府が宗教に関わることを禁止する動きが顕在化してきます。信教の自由を叫ぶ人々が増え、政治と宗教の分離が進みます。日本とアメリカ、インドは政教分離国で、信教の自由は憲法で規定されています。
★ヒンズー教は、インドやネパールで多数派を占める民族宗教です。キリスト教、イスラム教に次いで3番目に信者の多い宗教です。教会や聖典はなく、神様は多数いますが預言者はいません。河川崇拝と「輪廻」が教義の根幹です。インダス川とガンジス川は、天界から流れる「聖なる川」として、毎年大勢の巡礼者が沐浴に訪れます。沐浴を行うことで、罪を洗い流し、魂と精神、肉体を浄化し、生きている者に霊的な恵みをもたらすと信じられています。水で身体を清めることはまだしも、その水を聖水と称して飲んだり、屍を川に流す行為は、非衛生的だと非難する人が大勢います。しかし、ヒンズー教徒の斎戒沐浴を見ると、生きている間は幸せに暮らし、死後は天国に、できればもう一度この世に戻りたい、という庶民の素朴な願いを感じずにはいられません。
★現代は宗教の存在意義が問われている時代です。人間の煩悩は、4万年経っても変わっていません。神は存在し、悩める人に福音を授け、極楽浄土へ導いたのでしょうか。宗教はこの永遠の課題にどう立ち向かっていくのでしょうか。

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