キャッチ・アンド・キル」と#MeToo (2022・11・30)
★アカデミー賞は、映画人にとって、ノーベル賞に匹敵する名誉ある賞だ。しかし近年、その権威を揺るがすスキャンダルが続出している。その最たる事件は、大物プロデューサーとして長年映画界に君臨してきたハーヴェィ・ワインスタインの逮捕だ。容疑は女優、モデル、アシスタント、脚本家など多数の女性に対する性的暴行(レイプ)である。2017年に禁固23年の判決を受け、現在服役中。
★ワインスタインのセクハラ癖は、業界では公然の秘密だった。しかし、権力と資金力にモノを言わせ買収、捏造、脅迫などあらゆる手段を弄し、関係者の口を封じてきた。検察もマスコミも例外ではなかった。
★「Catch & Kill」は、この分厚い壁に切り込み、その真相を暴いたノンフィクションである。著者のローナン・ファローは、この著作でピューリツア賞を受賞した。ファローは、アメリカ三大ネットワークのNBCで、報道番組の記者をしていた。取材の過程でワインスタインを巡る被害女性の赤裸々な告白に出会う。取材を続けていくと、同様の被害にあった女性が数多くいることに気が付く。彼女らは多額の示談金で秘密保持契約を結び、口を開けば莫大な損害賠償を求める、と脅かされていた。
★彼女らはキャリアーを失ったばかりではなく、トラウマとなって自閉症や精神障害に陥る者が殆どだった。ファローは彼女たちの救済のため、真実を明らかにし、NBCの報道番組で公開すべきと上層部に提案した。
★ターゲットは、超大物ワインスタインの悪行を暴くことだった。直属の上司は、これは世紀のスクープになるとファローの提案を支持した。ただし、相手が大物であるだけに、有無を言わせぬ証拠が必要だと条件をつけた。
★ファローは、ねばり強い取材で、口の重い被害者に接触し、ワインスタインと交わした隠し撮りの録音テープやきわどい性描写証言などの証拠を積み重ねていく。NBCの動きを察知したワインスタインは、NBCのトップに圧力を掛け、この問題から手を引くよう迫る。ファローも身の危険に晒される。
★編集会議では、訴訟に対抗するため法的検討を慎重に進めているとか、証拠不十分なのでもっと掘り下げて取材を続けろ、などの引き延ばし指示が次々と出される。結局、NBCは本件の放送を取りやめる。後にワインスタインの圧力があったことが判明、CEOは責任をとって辞任する。 
★NBCはファローの取材をニューヨーカー誌に提供することを認める。 報道は大センセーションを巻き起こし、ワインスタインの逮捕につながる。 
★女性に対するセクハラは、ワインスタインだけでなく、不正を世に出すべき報道機関でも、政界でも、学術界でも行われていた。この事件がキッカケで、#MeToo運動を巻き起こし、NY州のクオモ知事、エリック・シュナイダーマン司法長官、人気テレビ司会者のマット・ラウアーなど著名人が辞任に追い込まれる。ヒラリー・クリントンは、交流のあったワインスタインから多額の支援金を得ていたため、彼の逮捕に沈黙を貫いていた。5日後にやっとコメントし「ショックでぞっとしている」と言った。
★「Catch & Kill」とは、“ネタを掴んで、搾り取れ”と言ったタブロイド紙の業界用語だ。トランプも揺さぶられたひとりで、多額の金を使ってもみ消した。セクハラ問題はアメリカの暗部の物語だが、それを白日の下にさらけ出す良心があるのもアメリカである。
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