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エッセイ 3/27  「火山島」(第1話:㈣・三事件の真相
老人会 丸橋さんの頁 4/18  ペタンク横浜大会で準優勝しました
写 真 すすむさんの頁 2/22  小田原の梅を2/15に見てきました
俳 句 信雄さんの頁 3/15 NHK俳句全国大会 3句入選
 市川家の日常やたけちゃんのリハビリ生活
2026年01月01日(木) 2025年12月01日(月)
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 たけちゃん
2025年12月01日(月)
美学者迷亭先生がかつて吾輩の主人を評して君は割り切れない男だといった事があるが、なるほどうまい事をいったものだ。この餅も主人と同じようにどうしても割り切れない。噛も噛んでも、三で十を割るごとく尽未来際方のつく期はあるまいと思われた。この煩悶の際吾輩は覚えず第二の真理に逢着した。「すべての動物は直覚的に事物の適不適を予知す」真理はすでに二つまで発明したが、餅がくっ付いているので毫も愉快を感じない。歯が餅の肉に吸収されて、抜けるように痛い。早く食い切って逃げないと御三が来る。小供の唱歌もやんだようだ、きっと台所へ馳出して来るに相違ない。煩悶の極尻尾をぐるぐる振って見たが何等の功能もない、耳を立てたり寝かしたりしたが駄目である。考えて見ると耳と尻尾は餅と何等の関係もない。要するに振り損の、立て損の、寝かし損であると気が付いたからやめにした。ようやくの事これは前足の助けを借りて餅を払い落すに限ると考え付いた。まず右の方をあげて口の周囲を撫で廻す。撫でたくらいで割り切れる訳のものではない。今度は左の方を伸して口を中心として急劇に円を劃して見る。そんな呪で魔は落ちない。辛防が肝心だと思って左右交交に動かしたがやはり依然として歯は餅の中にぶら下っている。ええ面倒だと両足を一度に使う。すると不思議な事にこの時だけは後足二本で立つ事が出来た。何だか猫でないような感じがする。猫であろうが、あるまいがこうなった日にゃあ構うものか、何でも餅の魔が落ちるまでやるべしという意気込みで無茶苦茶に顔中引っ掻き廻す。前足の運動が猛烈なのでややともすると中心を失って倒れかかる。倒れかかるたびに後足で調子をとらなくてはならぬから、一つ所にいる訳にも行かんので、台所中あちら、こちらと飛んで廻る。我ながらよくこんなに器用に起たっていられたものだと思う。第三の真理が驀地に現前する。「危に臨めば平常なし能わざるところのものを為し能う。之を天祐という」幸に天祐を享けたる吾輩が一生懸命餅の魔と戦っていると、何だか足音がして奥より人が来るような気合である。ここで人に来られては大変だと思って、いよいよ躍起となって台所をかけ廻る。足音はだんだん近付いてくる。ああ残念だが天祐が少し足りない。とうとう小供に見付けられた。「あら猫が御雑煮を食べて踊を踊っている」と大きな声をする。この声を第一に聞きつけたのが御三である。羽根も羽子板も打ち遣やって勝手から「あらまあ」と飛込んで来る。細君は縮緬の紋付で「いやな猫ねえ」と仰せられる。主人さえ書斎から出て来て「この馬鹿野郎」といった。面白い面白いと云うのは小供ばかりである。そうしてみんな申し合せたようにげらげら笑っている。腹は立つ、苦しくはある、踊はやめる訳にゆかぬ、弱った。ようやく笑いがやみそうになったら、五つになる女の子が「御かあ様、猫も随分ね」といったので狂瀾を既倒に何とかするという勢でまた大変笑われた。人間の同情に乏しい実行も大分見聞したが、この時ほど恨く感じた事はなかった。ついに天祐もどっかへ消え失うせて、在来の通り四つ這になって、眼を白黒するの醜態を演ずるまでに閉口した。さすが見殺しにするのも気の毒と見えて「まあ餅をとってやれ」と主人が御三に命ずる。御三はもっと踊らせようじゃありませんかという眼付で細君を見る。細君は踊は見たいが、殺してまで見る気はないのでだまっている。「取ってやらんと死んでしまう、早くとってやれ」と主人は再び下女を顧みる。御三は御馳走を半分食べかけて夢から起された時のように、気のない顔をして餅をつかんでぐいと引く。寒月君じゃないが前歯がみんな折れるかと思った。どうも痛いの痛くないのって、餅の中へ堅く食い込んでいる歯を情け容赦もなく引張るのだからたまらない。吾輩が「すべての安楽は困苦を通過せざるべからず」と云う第四の真理を経験して、けろけろとあたりを見廻した時には、家人はすでに奥座敷へ這入ってしまっておった。
こんな失敗をした時には内にいて御三なんぞに顔を見られるのも何となくばつが悪い。いっその事気を易かえて新道の二絃琴の御師匠さんの所の三毛子でも訪問しようと台所から裏へ出た。三毛子はこの近辺で有名な美貌家である。吾輩は猫には相違ないが物の情は一通り心得ている。うちで主人の苦い顔を見たり、御三の険突を食って気分が勝れん時は必ずこの異性の朋友の許を訪問していろいろな話をする。すると、いつの間か心が晴々して今までの心配も苦労も何もかも忘れて、生れ変ったような心持になる。女性の影響というものは実に莫大なものだ。
 ---------以下 三毛子と新年の挨拶---------
吾輩は猫である 年始端書と雑煮の餅の話
★ 夏目漱石の小説「 吾輩は猫である」を10歳代にタイトルが面白いので読み始めたが数ページでやめた。1905年から「ホトトギス」に1年余連載された長編小説は微細に記述され長い。話の区切りは10しかない。3ヶ月半で読んだ。第二話に年始端書と雑煮の餅の話を掲載する。151年前の明治39年頃の正月を感じる。
★ 二

吾輩は新年来多少有名になったので、猫ながらちょっと鼻が高く感ぜらるのはありがたい。
 元朝早々主人の許へ一枚の絵端書が来た。これは彼の交友某画家からの年始状であるが、上部を赤、下部を深緑で塗って、その真中に一の動物が蹲踞っているところをパステルで書いてある。主人は例の書斎でこの絵を、横から見たり、竪から眺めたりして、うまい色だなという。すでに一応感服したものだから、もうやめにするかと思うとやはり横から見たり、竪から見たりしている。からだを拗じ向けたり、手を延ばして年寄が三世相を見るようにしたり、または窓の方へむいて鼻の先まで持って来たりして見ている。早くやめてくれないと膝が揺れて険呑でたまらない。ようやくの事で動揺が劇しくなくなったと思ったら、小さな声で一体何をかいたのだろうと云う。主人は絵端書の色には感服したが、かいてある動物の正体が分らぬので、さっきから苦心をしたものと見える。そんな分らぬ絵端書かと思いながら、寝ていた眼を上品に半ば開いて、落ちつき払って見ると紛れもない、自分の肖像だ。主人のようにアンドレア・デル・サルトを極め込んだものでもあるまいが、画家だけに形体も色彩もちゃんと整って出来ている。誰が見たって猫に相違ない。少し眼識のあるものなら、猫の中でも他の猫じゃない吾輩である事が判然とわかるように立派に描いてある。このくらい明瞭な事を分らずにかくまで苦心するかと思うと、少し人間が気の毒になる。出来る事ならその絵が吾輩であると云う事を知らしてやりたい。吾輩であると云う事はよし分らないにしても、せめて猫であるという事だけは分らしてやりたい。しかし人間というものは到底吾輩猫属の言語を解し得るくらいに天の恵に浴しておらん動物であるから、残念ながらそのままにしておいた。
 ちょっと読者に断っておきたいが、元来人間が何ぞというと猫々と、事もなげに軽侮の口調をもって吾輩を評価する癖があるははなはだよくない。人間の糟から牛と馬が出来て、牛と馬の糞から猫が製造されたごとく考えるのは、自分の無智に心付かんで高慢な顔をする教師などにはありがちの事でもあろうが、はたから見てあまり見っともいい者じゃない。いくら猫だって、そう粗末簡便には出来ぬ。よそ目には一列一体、平等無差別、どの猫も自家固有の特色などはないようであるが、猫の社会に這入って見るとなかなか複雑なもので十人十色という人間界の語はそのままここにも応用が出来るのである。目付でも、鼻付でも、毛並でも、足並でも、みんな違う。髯の張り具合から耳の立ち按排、尻尾の垂れ加減に至るまで同じものは一つもない。器量、不器量、好き嫌い、粋無粋の数を悉くして千差万別と云っても差支えないくらいである。そのように判然たる区別が存しているにもかかわらず、人間の眼はただ向上とか何とかいって、空ばかり見ているものだから、吾輩の性質は無論相貌の末を識別する事すら到底出来ぬのは気の毒だ。同類相求むとは昔からある語そうだがその通り、餅屋は餅屋、猫は猫で、猫の事ならやはり猫でなくては分らぬ。いくら人間が発達したってこればかりは駄目である。いわんや実際をいうと彼等が自ら信じているごとくえらくも何ともないのだからなおさらむずかしい。またいわんや同情に乏しい吾輩の主人のごときは、相互を残りなく解するというが愛の第一義であるということすら分らない男なのだから仕方がない。彼は性の悪い牡蠣のごとく書斎に吸い付いて、かつて外界に向って口を開た事がない。それで自分だけはすこぶる達観したような面構をしているのはちょっとおかしい。達観しない証拠には現に吾輩の肖像が眼の前にあるのに少しも悟った様子もなく今年は征露の第二年目だから大方熊の画だろうなどと気の知れぬことをいってすましているのでもわかる。
 吾輩が主人の膝の上で眼をねむりながらかく考えていると、やがて下女が第二の絵端書を持って来た。見ると活版で舶来の猫が四五疋ずらりと行列してペンを握ったり書物を開いたり勉強をしている。その内の一疋は席を離れて机の角で西洋の猫じゃ猫じゃを躍っている。その上に日本の墨で「吾輩は猫である」と黒々とかいて、右の側に書を読むや躍や猫の春一日という俳句さえ認められてある。これは主人の旧門下生より来たので誰が見たって一見して意味がわかるはずであるのに、迂濶な主人はまだ悟らないと見えて不思議そうに首を捻って、はてな今年は猫の年かなと独言を言った。吾輩がこれほど有名になったのを未だ気が着かずにいると見える。 ところへ下女がまた第三の端書を持ってくる。今度は絵端書ではない。恭賀新年とかいて、傍に乍恐縮かの猫へも宜しく御伝声奉願上候。いかに迂遠な主人でもこう明らさまに書いてあれば分るものと見えてようやく気が付いたようにフンと言いながら吾輩の顔を見た。その眼付が今までとは違って多少尊敬の意を含んでいるように思われた。今まで世間から存在を認められなかった主人が急に一個の新面目を施こしたのも、全く吾輩の御蔭だと思えばこのくらいの眼付は至当だろうと考える。
 おりから門の格子こうしがチリン、チリン、チリリリリンと鳴る。大方来客であろう、来客なら下女が取次に出る。--------寒月君が来る。しいたけをかじって前歯かける話や外出など---------

---------以下 雑煮の餅---------
……台所へ廻って見る。
 今朝見た通りの餅が、今朝見た通りの色で椀の底に膠着している。白状するが餅というものは今まで一辺も口に入れた事がない。見るとうまそうにもあるし、また少しは気味がわるくもある。前足で上にかかっている菜っ葉を掻き寄せる。爪を見ると餅の上皮が引き掛ってねばねばする。嗅で見ると釜の底の飯を御櫃へ移す時のような香がする。食おうかな、やめようかな、とあたりを見廻す。幸か不幸か誰もいない。御三は暮も春も同じような顔をして羽根をついている。小供は奥座敷で「何とおっしゃる兎さん」を歌っている。食うとすれば今だ。もしこの機をはずすと来年までは餅というものの味を知らずに暮してしまわねばならぬ。吾輩はこの刹那に猫ながら一の真理を感得した。「得難き機会はすべての動物をして、好まざる事をも敢てせしむ」吾輩は実を云うとそんなに雑煮を食いたくはないのである。否椀底の様子を熟視すればするほど気味が悪くなって、食うのが厭になったのである。この時もし御三でも勝手口を開けたなら、奥の小供の足音がこちらへ近付くのを聞き得たなら、吾輩は惜気もなく椀を見棄てたろう、しかも雑煮の事は来年まで念頭に浮ばなかったろう。ところが誰も来ない、いくら躊躇していても誰も来ない。早く食わぬか食わぬかと催促されるような心持がする。吾輩は椀の中を覗き込みながら、早く誰か来てくれればいいと念じた。やはり誰も来てくれない。吾輩はとうとう雑煮を食わなければならぬ。最後にからだ全体の重量を椀の底へ落すようにして、あぐりと餅の角を一寸ばかり食い込んだ。このくらい力を込めて食い付いたのだから、大抵なものなら噛み切れる訳だが、驚いた! もうよかろうと思って歯を引こうとすると引けない。もう一辺噛み直そうとすると動きがとれない。餅は魔物だなと疳づいた時はすでに遅かった。沼へでも落ちた人が足を抜こうと焦慮たびにぶくぶく深く沈むように、噛めば噛むほど口が重くなる、歯が動かなくなる。歯答えはあるが、歯答えがあるだけでどうしても始末をつける事が出来ない。 --------右に移る
が来た。これは彼の交友某画家からの年始状であるが、上部を赤、下部を深緑ふで塗って、その真中に一の動物が蹲踞っているところをパステルで書いてある。主人は例の書斎でこの絵を、横から見たり、竪から眺めたりして、うまい色だなという。すでに一応感服したものだから、も
2026年1月行事・記念日
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エッセイ 11/13 デジタルl社会の危うさ
写 真 すすむさんの頁 2/15  三浦の河津桜 三戸から富士
俳 句 信雄さんの頁 3/15  NHK俳句全国大会 6句入選
  2026年(令和)8年1月の行事・記念日等 ()は制定年など
1日 国民の祝日 元旦  初詣
2日 一般参賀 箱根駅駅〈2-3日〉 初夢
3日 箱根駅伝復路 瞳の日
4日 石の日 世界点字デー
5日 小寒(24節気) 御用始め 大発会 魚河岸初競り 囲碁の日
6日 ケーキの日 色の日
7日 七草粥(セリ ナズナ ゴギョウ ハコベラ ホトケノザ スズナ スズシロ) 爪切りの日
8日 勝負の日(1か8日) ロックの日 平成が゙スタートした日 遺影撮影の日
9日 クイズの日(トンチの一休) 風邪の日
10日 110番の日 明太子の日 干物の日 干瓢の日
11日 鏡開き 蔵開き 塩の日 マカロニサラダの日  
12日 国民の祝日 成人の日 桜島の日(T3大噴火) スキー記念日(M44)
13日 感臨丸出航の日(万延元年) 幕府玉川上水許可(江戸の水)
14日 タロとジロの日(S34年南極置き去りの犬発見) 誉め言葉の日(いいよ)
15日 小正月 小豆粥で疫病除け  警視庁創設日(M7年)
16日 初閻魔 禁酒の日(1920米国法実施20世紀初頭迄) 
17日 阪神・淡路大震災(H7) おむすびの日(災害を忘れない制定)
18日 都バスの日(T12東京駅へ運転) 初観音 振袖火事(1657)
19日 空気清浄機の日 家庭消火器点検日(H3) NHKのど自慢(S21)
20日 大寒(24節気) 血栓予防月間(1月20日~2月19日)
21日 初大師1/20-21  高尾山ケーブル開業(S2年) 
22日 国産初の飛行船(T5)  カレーライスの日(S57一斉に給食で)
23日 電子メールの日 八甲田山雪中行軍(M35) アーモンドの日(H20年)
24日 初地蔵 郵便規則制定日(M4年)  教育の国際デー ボーイスカウト創立
25日 初天神 中華まんの日 ホットケーキの日 美容記念日(メイ牛山誕生日)
26日 文化財防護デ―(S25年法制定)  パーキンギメーターの日
27日 国旗制定記念日(M3年太政官布告) ハワイ移民出発日(1885年)
28日 初不動 日野高幡不動  コピーライターの日(S31年)  逸話の日
29日 昭和基地開設記念日(S32) 人口調査の日(M5年初)
30日 3分間電話の日(S45) 味噌の日(毎月)
31日 愛妻の日(愛妻家協会) 蕎麦食べる日(正月1終わりの日)
ねむの木  撮影yae